穂高より。
6月 23, 2009 | Permalink
私の見る夢には、何度も登場する場所、というのが
いくつかあります。
家だったり、学校だったり、ホテルのような大きな建物のエレベーターだったり
どれも、現実の場所と似ているけれど、少し違う
不思議なところ。
昨夜は、空港の夢を見ました。
知り合いの方のお嬢さんのおうちに
ピアノを教えに出かけ(ピアノなんて、教えたこともないのに!)、
ふと時計を見たら、飛行機の出発1時間前。
私は、アメリカに行くのだから、2時間前にチェックインしなくてはいけないのに
こんなことをしていて、いいのかしら。。。!?
(なんて私らしい夢なのかしらん(笑))
あわててレッスンを終え、大きなスーツケースを持って
空港に駆けつけるのですが、
夢に出てくる、いつもの空港は、なぜか
屋久島空港のような、森のなかの、古びた小さな建物。
灯りの消えた建物の2階に駆け上ってみると、
小さなカウンターには、夜勤の職員が一人だけいて、
「ああ、その飛行機なら、さっき飛び立ってしまいましたよ~。」
と、のんきに言うのです。
「予約もここではもうできないので、明日またいらしてください。」
と言われ、またスーツケースを持ってとぼとぼと
家(これがまた、私の本当の家と違うのですが)に帰ったのでした。
森のなかの小さな飛行場への、遠い道のりと
ほのぐらい、宵の空に浮かぶ、古ぼけたコンクリートの建物。
広い道の上を、それがまるで滑走路であるかのように
飛んで行く飛行機の、大きなシルエット。
あせりと、悲しみと、希望。
筋はとりとめがないけれど、
なぜか深い印象のある、風景でした。
まるで、それ自体にいのちがあるような。
ときどき私は、夢のなlで
起きているときに味わい残してしまった、気持ちやできごとを、
もういちど、味わっているような気がします。
まっさらな明日のために。
みなさまの夢には、よく見る景色がありますか?
6月 12, 2009 | Permalink
たいへん長いこと、ごぶさたいたしました。
「どうしているかな~。。。」と
ご心配だった方も、いらっしゃるかと
案じていました。
この一か月は、本当にいろいろなところへ行きました。
私は、旅が好きです。
ある場所から場所へ、風のように動いているとき
なぜか私は、ものごとが、あるべきところにあると感じるのです。
たくさんのひとと出会い、たくさんの景色を見て
ほんとうに豊かに、多くのことを学びました。
おみやげを買い過ぎて、何から渡したらいいのか
わからないひとのように(笑)
どんなことをお伝えしようかと、
こころのスーツケースを開けてみたのですが
とりあえず、出てきたお話おをひとつ。
鹿児島市内での公演の翌日、私は霧島へ行きました。
朝、ホテルのお部屋で窓の外を眺めながら、お茶を飲んでいると
ぱさっと音がして、空から2羽のハトがベランダに降りてきたのです。
くーくーと泣きながら、ベランダに佇んでいる、小さな2つの生き物。
その、ふるふるした姿を眺めていたら、なんだか話がしたくなって
私は、小さな声を出しました。
うーとあーの中間くらいの、小さなささやきを聴いたとたん
ハトたちは、ふっとこちらを向き、
開いた窓からひらりと、部屋に入ってきました。
ああ、聴いてくれたんだ。
と、そのとき私は思いました。
もしかしたら、彼らはただ、部屋のなかに
何か食べられそうなものを、見つけただけかもしれないけれど
ことばも、考えもない、どこかとてもやさしい場所で
2つのいのちに触れた気が、私にはしたのです。
ハトたちは、首をかしげながら、
しばらくのあいだ、私の声の満ちた部屋にとどまり
私が、「来てくれて、ありがとう」と言うと
また、ぱさりとベランダに降り、ふたたび空へ帰って行きました。
ひとが、おいとまごいをするときのような
すてきなタイミングでした。
写真は、飛び立つ直前、
「撮ってもいいですか?」と尋ねてから撮ったハトと、
彼らが消えていった、霧島の広い空。
5月 29, 2009 | Permalink
家じゅうのあかりを、全部消したら
寝室の窓の外から差し込むひかりが
あまりに明るくて、
びっくりして、カーテンを開けました。
夜のひるま。
ぼうっとあかる、満月に
うっすら、かかる雲。
地面から空まで、いっぱいにみちる
春の気配。
月よ、あなたがそこにいるから
わたしはこの地上で
春のうたをうたいます。
いのちの織りなす彩を
声につむいで。
4月 11, 2009 | Permalink
金曜日のプラネタリウムは、静かで深い時間になりました。
まあるいドームいっぱいに、映し出される星空や風景、
片岡さんの楽器からこぼれ出て、空間に満ちる音たち、
みんなの声。
宇宙とうたと、音楽と朗読を、ひとつのものがたりにする、
というこころみは、生まれて初めてでしたが
片岡さんの、やさしくて懐深い「あいのて」のおかげで
なんだかまるでただ、遊んでいるように
私自身でいることができました。
音楽に、失敗はない。
「うまくいかなかったな~。。。」と思ったら
「うまくいかなかったな~。。。」という自分を
ステージで表現できたことになる。
片岡さんが言ってくれた言葉を聞いて、
なんだか、ためていた息を、ほうーっと全部
吐き出した気分になりました。
片岡家のみなさん、科学館のみなさん、
スタッフのみなさん、
そして、いらしてくださった、0歳から80歳までのみなさん
本当に、ありがとうございました。
写真は、週末にアレキサンダー・テクニークの勉強のために滞在した、京都の春。
からだと、こころの使い方を勉強したあとに眺める、風景は
なんだかいつもより、きらきらして見えます。
今日は、名古屋ブルーノート。
私が見た景色は、どんな音になって
空間を彩るのでしょう?
3月 23, 2009 | Permalink
先週の土曜日には
遊佐未森さんの‘Cafe Mimo’に出演させていただきました。
落ち着いて、やさしくて、あたたかい客席の空気と
透きとおりながら、空気に銀色の粉を、幾重にも散らす、未森さんの声と
こころのこもった、スタッフの方々のまなざし。
とても安心して、自分のままで
歌うことができました。
本番前、楽屋で支度をしながら、ふと横を見たら
未森さんが、にっこり笑ってくれました。
その笑顔の、あまりのやわらかさに
このひとがこれから、何百人ものお客さんのの前に出て行って
歌うということが、なんだか不思議になり
そして、生の舞台、ひとのいのちの
いかにやわらかくはかなく、それでいて強いものかということに
想いを馳せました。
それがたとえ、どれほど経験豊富な名音楽家でも、
ひとはみんな、生身で、いつ壊れるかわからない
こころとからだを持っていて
他の出演者やスタッフや、
その日のためにやってきてくださった、お客さまもみんな
やっぱりそれぞれが、同じように生身の自分を
連れて来てくださって、
そうして、みんなが集まったとき
その、不安定なやわらかさに身をあずけて初めて
ステージに、奇跡が起こる。
どれだけ準備しても、始めから確かなものは、何もなく
どれだけ望んでも、うまくいく保証はひとつもなく
それでも何かを分かち合いたくて、
うたうひとと、聴くひとが出会うとき
いのちが、生まれる。
ステージに上がった未森さんが、きらきら輝くのを見ながら
なんだか、泣きそうになりました。
音楽って、すごい。
ひとって、いのちって、なんて。
3月 4, 2009 | Permalink