お天気。
久しぶりの、青空です。
わが家のバスマット君も
(http://suzukishigeko.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_4f2a.html)、
うれしそう。。。
みなさま、今日は何をしますか?
10月 2, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
久しぶりの、青空です。
わが家のバスマット君も
(http://suzukishigeko.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_4f2a.html)、
うれしそう。。。
みなさま、今日は何をしますか?
10月 2, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
先日、テレビで、
マリア・ジョアン・ピレシュさんというピアニストが
若い人たちを、教えているところを見ました。
ピレシュさんのまわりには、
ピアノを弾いていないときでも、美しい、詩のような音がただよっていて
テレビの前の私までもが、その世界の住人になることができました。
彼女の口から出てくることばは、どれも
美しいものばかりでしたが、
なかでも、あるピアニストに話しかけたひとことが、
とてもこころを打ちました。
その若い男性は、ショパンの「幻想即興曲」を弾いたのですが
とてもロマンチックに、最初のフレーズを弾き始めた彼に
ピレシュさんは言ったのです。
「出した音を、自分のところに留めておいてはだめ。
音は、みんなのものなの。
弾いた音はそのまま、外へ手放さなくては。」
音を、留め置かないこと。
私は、ときどき
出した音が、うまく聴こえているかどうかが心配で、
音が出たあとまでも、確かめようとしたり、
うちにある感情を、もっとよく感じようとして
自分のなかで、ぐるぐるまわりしてしまったりすることがあるのだけれど、
それは本当は、音の本来の性質に反しているなと
歌いながら、感じていました。
今の瞬間にあるものは、今の瞬間にしかない。
自分の感情や、イメージや、感覚は
一瞬、一瞬、移り変わっていきます。
自分が出した音は、一瞬あとには、もう聴いている方のところに届き
それを、それぞれの方々が、どう感じるかは
その方たちの自由であって
演奏者には、コントロールができません。
だからこそ、自分の出した音は
その瞬間に、手放してしまうことが大切なのです。
(手放したと思っていなくても、実はもう離れている、ということを
思い出す、と言ったほうが、正確かもしれなせんね。)
一瞬前に感じていたものを、もう一度感じようとしたり
うまく音が出ているかどうか、
一瞬後に確かめようとしたりすると、
そのとき、自分は、その瞬間を味わうことができないから。
「みんなのもの」である音を、自分のところに引き戻してしまうから。
「いま」にいること。
いのちの顕れる、その瞬間に触れていること。
聴いてくださる人や、ほかならぬ自分が、
自分の命がけのプレゼントを、受け取ってくれないかもしれない、という怖れを
受け入れて
ただ、音を手放すこと。
自分のいる、この世界への、捧げもののように。
ああ、そうだ、そうだった。
とてもとても、大切なのだけれど
すぐに忘れてしまう、「ほんとう」を
ふたたび教えてもらいました。
ピレシュさん、どうもありがとう。
9月 29, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
先日、新宿を通りかかったときに
あまりに印象的だったので
思わず、カメラに収めた景色です。
もくもく大きな入道雲より、さらに高く、
空を指さす摩天楼。
なんだか少し、神話のような、その光景を
にわかに信じがたくて、
急いでいたのに、しばらく足を止めて
見入ってしまいました。
千年前のひとが、この景色を見たら、
きっと、神さまの神殿だと思ったに違いありません。
もっと大きく、もっと高く、もっと速く。
人類は、自分たちの夢をかなえたくて、
ほんとうに、いっしょうけんめいだったんだな。
その、気の遠くなるような努力の結晶である
この建物を眺めていると、
その労苦を想って、感謝と畏敬の念を感じながら
いっぽうでなんだかとても、切なくなりました。
ひとって、ほんとうに、がんばりやさんだなあ。
何千年ものあいだ、希望や絶望や、平和や戦争や、
ありとあらゆるものを経験しながら
でも、、いっしょうけんめい、生きるために、
夢を追いかけてきた私たち。
高い高い、その建物のてっぺんを見つめつづけて
疲れてしまった眼の焦点を、ちょっとゆるめて
足元の草を、眺めました。
人類の生まれる前から、きっと同じように
風に吹かれていたにちがいない、葉っぱの
美しいみどり色を見ているうちに
こころがだんだん、落ち着いてきました。
これから、どうやって生きて行こう?
この摩天楼と、がんばりやの自分と
小さな草たちと一緒に。
いまだかたちのない、この先の時間に
どんな光景を、私は見たいだろう?
ほんの数分だったけれど、
なんだか永遠のような気がした
昼下がりでした。
大切な時間をくれた、新宿のお空に感謝です。
9月 6, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
なんだか、急に涼しくなって
降ったり、やんだりの日が続いていますね。
居間で書きものをしながら
風の音が強くなってきたな、と思っていたら、
ぱたぱたぱた、と屋根をたたく水の音が聴こえてきました。
あ、雨だ。
しばらく、耳を傾けていると、
リズミカルのその音は、はだんだん、早く、大きくなり、
最高潮に達したころに、
割れるような、かみなりの轟き。
驚いているうちに
耳鳴りのするような、その大音声は、
幾度かつづいたあと、余韻とともに消え、
後を追うように、雨の音もまた、小さくなり、
いくばくかの静寂のあと、
次には、セミの声がだんだん、聴こえ始めました。
合間には、空高い鳥の声。
もう少ししたら、その声はきっと、夜のコオロギに
取って代わられるでしょう。
これはまるで、音楽だなあ。
わが家の居間に、座ったまま聴ける
自然のシンフォニー。
というより、音楽家たちはきっと、自分が親しんでいる、こんな自然の響きを
音楽にしたのでしょうね。
絵のような空や、どんなレストランより、よいかおりの森。
水の手ざわり。
自然の創り出すアートに囲まれて、
私たちは本当は、ありあまる幸せのなか
暮らしている。
とてもシンプルな事実を、
ふたたび思い出した、午後です。
8月 28, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
今年のはじめ、私はお願いごとをいくつか、紙に書きました。
自分のやりたい仕事を、自分なりのスタンスでできるように
具体的なステップを踏む、とか
これまで学んできた、アレキサンダー・テクニークの先生になるための
試験を受ける、とか
みんなと楽しく、お酒を飲む(笑)、など
いろいろありました。
お願いを考えているときには
それが叶うとか、どんなふうに叶うとか
ちっとも、考えていなかったのだけれど、
8ヶ月経って、その紙を見返してみると
意外や意外、
そのうちの多くが、すでに実現してしまったり
実現に向けて、ずいぶんすすんでいたり、するのです。
(いちばんよく実現したのは、「楽しくお酒を飲む」でした(嘆))
すごいなあ。
お願いごとをすると、その望みは
自分の表面の、意識できる自分より、もっと深い部分にまで運ばれて、
そのひとが考えられる以上のやりかたで
実現に向かって、動き出す。
そんな話を聞いたことがあるけれど
あながち、夢でもないなあと
なんだか、納得しました。
こんなに叶ってしまうのなら
もっといろいろ、追加してしまおうかしらん!?
世界平和、とか
CO2の削減、とか
ダイエットに成功する、とか。
(なんだか、お願いの次元がいろいろ。。。)
何より私は、みんなと一緒に
毎日味わいぶかく、幸せに暮らせたら
それでいいなあ。
今年の終わりまでにまた、どれだけの夢が叶うか
とても楽しみです。
みなさまは、なにかお願いごとをしましたか?
それは、どんなふうに、叶っていますか?
8月 22, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
長いこと、お待たせしました。
ついに、私のオフィシャル・ホームページが
出来上がりました。
私の友人が作ってくれた、このサイトのとびらには、
「なんだか、しげこさんに合ってるなと思って」と
菩提樹(リンデンバウム)がデザインされています。
シンプルで無駄のない、余白の多いデザインにしてください、
というお願いに、楽しく答えてくれて、どうもありがとう。
今から何年も前、まだウェブというものが、それほど一般的でなかったころ
お友達に、「ホームページを作ろうと思うの。」と話したら、
「まあすてき。ぜひ招待してくださいね。」
と言われて、にっこりしたことがありました。
(彼女はきっと、私のおうちの催しだと、思ったにちがいありません。)
ホーム。 私の家。
このサイトを作るときに、久しぶりに、そのことを思い出して
ああ、そうだなあと、なんだか納得しました。
ホームページというものは、もともと、おうちなのですよね。
そのひとがいちばん、そのひとらしくいられるところ。
そのひとの活動の、いしづえになるところ。
ようこそ、私の家へ。
お招きできることが、本当に幸せです。
どうぞ、ときどきいらして、のんびりなさってください。
まだ、建築中の場所も
これから少しずつ、手を入れてゆきます。
8月 1, 2008 | Permalink | トラックバック (0)
今年もまた、やってきました。
わが家の、「エアコンをかけない夏」。
今までのところ、エアコンの稼動時間は、0時間。
毎日、窓を開け放って
風と話しています。
こうやって暮らしていると、
毎日の、空気の移り変わりが、とてもよくわかります。
おんなじ晴れだけど、今日はきのうより、すこし湿気が多いな、とか
今日は風が、いつもより遠くから吹いてくる、とか
武蔵野のまんなかなのに、なぜか少しだけ、海のにおいがする、とか。
風は、決して同じメロディを奏でることのない
楽器のようです。
去年の室温はたしか、37℃ちかくまで、上がっていたと思うのだけど、
今年はまだ、34℃の目盛りしか、見ていません。
梅雨が明けた、というにしては、いまひとつ青さの足りない、
うす雲でグレーがかった、空のせいかしらん。
快適なのは、とてもありがたいけれど
一方で、
日本の夏が、どこか、いままでの夏とちがうことに
とまどいながら、空を見上げています。
今年の夏は、どんな夏になるかな。
今年の夏に、わたしは何ができるかな。
7月 24, 2008 | Permalink | トラックバック (0)